じわり、首筋からにじんだ赤。
部屋に香るはバラの花。
夜の深まった頃、彼らはやってきて生娘の血を飲み生きながらえる。
「たく、最近は守りが堅くてめんどくせぇな」
金髪碧眼、真っ黒なマントを羽織った眉毛の特徴的な彼の八重歯は獣のように伸びている。
「おいらにそんなこと言われてもなぁ。おいらだって辟易してるんだからさ」
同じようにマントを羽織って陽気な男が、いらいらしている彼にそう返した。
彼らはそれぞれイギリス、ルーマニアでの
吸血鬼の祖である。彼らは異母兄弟で、二人で暮らしている。大きな町程生娘は多く、二人にとって暮らしやすい。
別に、殺すわけではない、ただちょっと血を分けてもらうだけだ。吸われるときに媚薬が混じり、生娘が性に奔放になってしまうことはあるが。
二人はそろそろこの町にいるのも限界かと思うと、少し残念だった。とてもきれいで落ち着いた町を気に入っていたからだ。
代用に動物の血やトマトでも何とかなるが、やはり物足りない。
「そろそろ買い物に行ってくる」
「またトマト?」
「文句があるなら自分で娘を浚って来いよ」
金髪の吸血鬼、アーサーは人として探偵業をしており、買い物も普通に行くような生活をしていた。
外に出れば冬の吹雪。いくら吸血鬼といえど寒さを感じる。ぎゅっとマントを体に巻き付け、寒さを凌ぐ。
さく、さくっと玄関からでて2歩歩いたところで、ざわりと空気が変わった。
「おい、誰かいるのか?」
目で見える範囲にはいないし、気配を探るのは得意なはずなのに、どこにいるか分からない。
「ふふっやはりあなた吸血鬼なんですね」
そう、家のドアがあるはずの背後から声がし、驚いて後ずさりながら振り向けば、じゅわっと水が雪に染み込む。少し当たった部分が痛い。
「聖水か」
「えぇ、当たりです」
にっこりと笑った彼は、黒の髪、黒の瞳、黒い神父服をまとって妖艶に笑う。悪魔じみた容姿は思わず見とれるほど美しかった。
「私は、本田菊と申します。一応、払い屋、こちらで言えばエクソシストを生業としておりまして。この町に吸血鬼がいると聞きつけ、参りましたら、分かりやすく対聖職用の結界をはってる家があるんですもん、笑っちゃいました」
にこやかなまま彼はそう返す。
もちろん、結界は強く、例え結界を感じ取ることが出来ても、易々と破ることが出来るような代物ではない。つまり、この得体の知れない彼の力が、アーサーたちの力を凌駕していると言うことだ。
「おいらもいるんだけどな」
さすがに玄関で話していた上に結界が破れたのだ、もう一人の吸血鬼である彼に気づけないはずがない。
「おやおや、お二人もいらっしゃったんですか。これは失礼しました」
背後のドアがいつの間にか開き、菊の両腕は捕らわれていた。
「へぇ、暢気なんだね」
「えぇ、まぁ、足掻いても仕方ないでしょう。捕まってしまいましたし」
「逃げようと思わないわけ?」
落ち着き払った菊に、不振感が募る。
「はい、これが天命なら。それで、私をとらえてどうするつもりですか?」
ふふっと笑う彼に、アーサーもニヤリと笑い返した。
「なぁ、お前、吸血鬼の食事が何か知ってるか?」
アーサーの問いに、きょとんとした顔で菊はアーサーを見た。
「えぇ、しってますよ。若い生娘の血でしょう」
「あぁ、正解だ。でもな、それだけじゃねぇ。別に、男でも構わないんだ。うまそうって思えればな」
「えっ?」
「うんうん、おいらたち、好き嫌いしてるだけだから」
「そ、それなら、やはり男の私も範囲外、ですよね」
なんとなくアーサーの言わんとすることを察してしまい、菊はそう問い返した。
「お前、すっげぇ旨そうだ」
「うん、魔力が強いし、この容姿だしねぇ」
吸血鬼二人の視線は、さらされた白い項へと注がれる。そこには食欲以外の色欲も混ざっている。
「な、何言ってんですか!私の血はあなた方の毒にしかなりませんよ!毎日清められた食事をしてますからね」
「あぁ?んなもん関係ねぇぞ。今までもシスターは襲ったことあるしな」
アーサーの言葉に、菊はそんなばかなという思いをありありと出す。
「おいらは聖職者の血って飲むの初めてだなぁ」
「な、なんなんですか!言っておきますが、私これでももう30代後半のおっさんなんですよ!」
「うそだろ」
「うそだね」
菊はこれを言えば!思ったけれど、二人は即答で否定した。
「それが、嘘じゃないんですよ。なので、やめましょう、ね?」
そろそろとらえられた腕が痛くなってきて、辛い。この辺で諦めてくれないかと期待を込めた、が。
「ぶっちゃけ年とかおいら気にしないけどなぁ」
「俺も、好みならそれでいい」
「なんですか、この節操なし!」
「俺、最近村人の血貰えてねぇから飢えてんだよ」
「おいらも、こんなおなか好いてるのに極上が目の前にいて逃したいなんて思わないなぁ」
二人はそう言うと、それぞれ菊の首筋に顔を寄せてぺろりと舐めあげた。
「甘いな」
「いい香りするねぇ」
「ひぅっ」
菊は上擦った声を上げ、羞恥で目に涙をためた。それが吸血鬼たちの欲望を煽る結果になるだけとは気づかず。
「手さえ、使えたら……!」
「なんのためにおいらが手を最初に拘束したと思ってんの?」
菊の悔しそうなつぶやきに、呆れた声が返る。
「うぅ、こんなはずでは……こうなったら仕方ないですね、最後の手段です!エリザベータさぁん!」
本気で身の危険を感じ、菊は大声で誰もいない空間に名前を呼んだ。と、空に黒い穴ができ、そこからエナメルスーツに身を包んだ悪魔が現れた。
「なぁに、菊ちゃんって、なに、どういう状況なのこれ!kwsk!!」
現れた彼女は興奮したように絡み合う三人を見ている。
「うっかり捕まってしまったんですよぉ……」
涙目な菊に、興奮するエリザベータ。彼女の背には黒い悪魔の羽がはえている。
「ちょっとそこのケダモノ二人!大変おいしい状況だけど、流石に私のマスターを言いようにされるのは困るのよ、離れなさいよ!って、あんたたちは!」
そこでようやくしっかりと吸血鬼二人を視認したエリザは、見覚えのある顔に驚き、そして怒りの表情になった。
「げっエリザベータ……」
「なんでお前がでてくんだよ。俺たちの獲物を横取りしにきたのか?」
「はぁ?何言ってんのよ菊ちゃんを返してもらいにきただけよ」
華麗に地面に降り立つと、ずん、ずん、と3人に近づく。その手にはエリザの武器であるフライパン。見た目の何倍もの重さにエリザの意思で変えることが可能だ。
3人は顔見知りで、最強と言われる女悪魔のエリザとは数回やりあっている。
「聖職者の使い魔に成り下がってるなんて、最強の悪魔も地に落ちたもんだねぇおいらびっくりだよ」
「あら、彼の正体も見抜けないなんて、あなたこそ地に落ちたんじゃなくて?」
「はぁ?何言ってんだ?」
エリザの言葉に吸血鬼二人が訝しげにし、その間に挟まれた菊はそれ以上はだめだというようにふるると頭を振っている。
「あぁ、菊ちゃんが言っちゃだめって言うからこれ以上はいえないわ。とにかく、菊ちゃんは返してもらうわね」
そういうなり、エリザの姿がその場から霧のように消え、ごうんっという鈍い音が菊の後ろで響き、そして目の前の吸血鬼もおもいきりフライパンで叩かれて倒れた。
「菊ちゃん、大丈夫?」
「はい、エリザさん、ありがとうございます」
ようやく手の拘束がほどけ、ふらふらと手首を振る。
「またお仕事?」
「えぇ、まぁ……」
「もう、菊ちゃんの体はあなただけの物じゃないんだから、大事にしないと!」
「なんかその言い方だと違う意味に聞こえるんですが」
「もちろん狙ってるわよ」
「エリザさん……」
倒れている吸血鬼二人から距離をとった場所で、二人はのんびりと話している。
「でも、本当のことじゃない。あなたほどの悪魔使いがいなくなれば、みんな暴走するわよ」
「それは困りますねぇ」
菊は苦笑で返すだけだ。
「吸血鬼さんなんて珍しいので、是非仲間になっていただこうと思ったのですが、あまりの容姿のきれいさについ見とれちゃって、もう一人に気づけなくて」
「もう、びっくりさせないで。それで、本当にこいつらも仲間にするの?」
嫌だというのを隠そうともせずにエリザは言った。
「いいじゃないですか、賑やかになりますよ」
菊は毎度のことで慣れたため、苦笑でごまかした。
エリザは菊の初めての使い魔、式紙となった悪魔で、その後菊がいろんな者と契約するのをあまり気に入っていない。
「菊ちゃん可愛いから心配よ」
「可愛いってなんですか!」
「そこのバカ二人の審美眼は本物よ。あなたの魅力がそれだけすごいってことよ。それに、何度か押し倒されたこともあったじゃない」
無様に倒れ込んだままの二人を顎で示すエリザ。ちなみに、ほぼ不死身の吸血鬼二人に遠慮なんてことをするエリザではない。何万トンという重さにしたフライパンで殴っていた。
「あぁ、この前押し倒されたときは本当に命の危機を感じましたね」
「そうじゃないでしょ。もう、鈍いんだから。そんなとこも可愛いけど!」
「おい、おまえら俺らのこと忘れてるだろ!!」
そのとき、さっきまで倒れていたアーサーが起きあがった。
「おや、早い回復ですね。気分はどうです?」
「最悪に決まってんだろ」
ぶすっとしながらも、ちょっと困ったような顔で微笑んでくる菊をみて、自然と頬が赤くなってしまう。
「くそっ……」
「ちょっとお顔が赤いですが、お熱でしょうか」
「違うわよ。菊ちゃんだめよ、こいつらに近づいたらはらんじゃうわ」
アーサーのおでこに当てようとされていた手はつく前にエリザによって阻まれ、菊はそのままエリザの後ろに隠される。
「てめっ!!」
「おいら別にはらませたりしないよー。こいつはわかんないけどね」
「おい、おまえだって下心丸見えなんだよばかっ!」
吸血鬼二人は睨みあい、おまえの方がといいあう。
「私から見れば、二人とも菊ちゃんに近づく変態にしか見えないんだけど。まぁいいわ、それで、菊ちゃんどうするの、こいつら」
エリザは後ろに匿っている菊を振り返って訪ねた。
「あ、えっと、彼らにも私の部下となっていただきたいなぁって思うのですが。あ、もちろんお二人が承諾したらでいいですよ。承諾してもらえない場合、調伏しますが」
「おい、それほとんどおどしじゃねーか!!」
「おいらは菊についてもいいよ。そのかわり、菊の血飲ませてよ。契約にさ!」
「おい、お前っ!」
アーサーは慌てて押しのけて前に出ると、菊を正面から見つめる。
菊は不思議そうにアーサーを見返し、見返されたアーサーはだんだんと頬が赤くなっていく。
「あ、あんまりみんじゃねぇよ!」
「え?あ、はぁ、じつにすいません」
「い、いや、別にいいけどよ……」
なんとなく二人の間に流れるふんわりとした空気。
「勝手に二人の世界作らないでくれる?で、あんたどうすんのよ」
菊をまたかくまうように離れさせると、エリザが問う。
「仕方ねぇからな、一緒についてってやる。お、俺のためじゃなくてお前がどうしてもって……」
「じゃ、これからよろしくね、菊ちゃん!」
「あ、ちょっと勝手に菊ちゃんの手にキスしてんじゃないわよエロ吸血鬼!」
「それをいうならこっちの眉毛にいってよー。おいら別にエロいことなんて少ししか考えてないしさ」
「少しは考えてんじゃないの!」
わーわーぎゃーぎゃーと更に騒がしくなっていく2人の口論、未だに現状を理解していなくてずっと言い訳を言い続けるアーサーというカオスな空間が広がっていった。
「これから賑やかになりそうですねぇ」
そんな様子を、菊はのんびりと眺めているのだった。